
インド チクマガルル
バーバブーダンの7粒の伝承が残る、インドコーヒー発祥の地
17世紀にスーフィー聖者バーバブーダンがイエメンから持ち帰った7粒の種から始まったと伝わるインドコーヒー発祥地チクマガルル。標高700〜1,200mのマルナード高地で栽培されるアラビカの品種(S.795、カーヴェリ、セレクション9)と、インド・コーヒー委員会の資料を紹介します
産地情報
| 産地 | インド・カルナータカ州チクマガルル県(マルナード地方、デカン高原西縁) |
|---|---|
| 品種 | S.795・カウベリー(Cauvery)・セレクション9(Selection 9) |
| 標高 | 700〜1,200m(バーバブーダンギリ丘陵部は1,500m前後まで) |
| 味わい | ミルクチョコレート・キャラメル・ドライフルーツ・穏やかな酸・スムーズなボディ当サイトの味わいの目安です。公開ロット情報と地域の一般的傾向に基づき、特定ロットの評価や試飲記録ではありません(編集方針)。 |
品種情報
品種:S.795 / カウベリー / セレクション9
カルナータカ州で栽培されるアラビカ品種のひとつがS.795(アラビカとリベリカの交配種S.288とケント種の交配、1940年代にインドで公開)。インド国内での栽培比率は一次資料で確認できていない。インド・コーヒー委員会によると、カウベリーはカトゥーラとヒブリド・デ・ティモールの交配に由来するカティモール系、セレクション9はタファリケラとヒブリド・デ・ティモールの交配に由来し、2002年にFine Cup Awardを受けた品種。チクマガルル県バレホンヌルにはインド・コーヒー委員会の中央コーヒー研究所(Central Coffee Research Institute)があり、品種改良を研究分野の一つとしている
- S.7951940年代にインドで公開された品種(World Coffee Research)。インド国内のアラビカ栽培面積に占める割合、品種固有の風味や収量の特徴は一次資料で未確認
- カウベリーカトゥーラとヒブリド・デ・ティモールの交配に由来するカティモール系の品種(インド・コーヒー委員会)。1985年にポルトガルからインドへ導入されたとする解説サイトの記述はあるが、導入の年と機関は公的機関の資料で未確認。収量・耐病性の程度と風味の特徴も一次資料で未確認
- セレクション9(S.9)タファリケラとヒブリド・デ・ティモールの交配に由来し、2002年にFine Cup Awardを受けた品種(インド・コーヒー委員会)。育種の経緯と交配の年、耐病性の程度、栽培面積は一次資料で未確認
インドコーヒー発祥の地、チクマガルルとは
インド共和国カルナータカ州の西部、デカン高原の西縁に広がるマルナード地方(「雨の国」の意)にチクマガルル県はあります。西ガーツ山脈の一角、標高700〜1,200m(バーバブーダンギリ丘陵部は1,500m前後まで)の丘陵地帯は年間降水量2,000mmを超える多雨地帯で、日中の霧と夜間の冷涼な気温がアラビカ種の緩やかな成熟を後押しします。カルナータカ州はインド全体のコーヒー生産量の70%以上(2022/23年度で約24万8,000トン)を占める最大産地で、その中でもチクマガルルはインドにおけるコーヒー栽培発祥の地として知られています。ヒマラヤ山麓で2020年代にアラビカ栽培が本格化したブータン サムツェと比べると、南アジアのコーヒー史の厚みの違いがよくわかります。
バーバブーダンが持ち帰った7粒の種
チクマガルルの物語は17世紀に遡ります。伝承によれば、スーフィー聖者バーバブーダンは17世紀(インド・コーヒー委員会は1600年頃と紹介し、1670年とする説もある)、メッカからの帰路にイエメンからコーヒーの種を7粒持ち帰りました。カルナータカ州観光局のガイドは、当時アラブ地域からのコーヒー豆の持ち出しが禁じられていたため、7粒を密かに持ち込んだという伝承を紹介しています。インド・コーヒー委員会は、その種をカルナータカ州のチャンドラギリ丘陵に植えたと紹介しています。チクマガルル県の公式観光ページはバーバブーダンギリ山地の古名をチャンドラ・ドローナ・パルヴァタとしていますが、伝承の植えた場所と同じかどうかは確認できていません。これがインドにおけるコーヒー栽培の出発点になったという逸話が今も語り継がれています。史実としての実証は乏しく伝説的な色彩が強いものの、丘陵地には彼の名を冠した聖地が今も残り、地域のアイデンティティとして根付いています。
2019年、地理的表示(GI)登録
チクマガルル・アラビカは2019年(登録日は3月1日)、インド商工省の地理的表示登録局によってGIタグを取得した5種のインドコーヒーの一つに認定されました。同時にGI認証されたインド最大の産地クールグ(コダグ)県は生産量でチクマガルルを上回るが、コーヒー発祥地としての歴史的正統性はチクマガルルが担っている。デカン高原マルナード地方チクマガルル県産という産地限定条件のもと、「穏やかな酸味とフルーティーな余韻を持つ高地アラビカ」として保護対象となっています。GI登録は生産者が産地の個性を守りながら適正価格を得るための制度で、インドコーヒーの国際的な認知向上にもつながっています(インド商工省プレスリリース、2019年)。
バレホンヌルの中央コーヒー研究所
チクマガルル県バレホンヌルには、インド・コーヒー委員会(Coffee Board of India)傘下の中央コーヒー研究所(Central Coffee Research Institute)が置かれています。同委員会によると、前身は1925年にバレホンヌル近くに設けられたマイソール・コーヒー試験場で、1946年に同委員会が引き継いで中央コーヒー研究所となりました。品種改良・土壌・病害虫・収穫後処理などを研究分野としています。インド・コーヒー委員会の2025/26年度最終推計では、チクマガルル県の生産量は94,760トンで、クールグ(コダグ)県の約12万1,185トンに次ぐ規模です。
代表的な生産者・農園
代表的な農園
- バールバラ農園Baarbara Estate
1894年創業、インダバラ家が経営する老舗農園。標高1,500m超の高地でS.795種を主体にウォッシュド精製を行い、ミルクチョコレート・キャラメル・ドライフルーツの風味で複数の海外ロースターから安定した評価を得ている
- ラトナギリ農園Ratnagiri Estate
1927年創業、約45haの農園。アショク・パトレ氏が経営し、ウォッシュド・ナチュラル・ハニー・嫌気性発酵・カーボニックマセレーション・二段階発酵など多様な精製方式をステンレス発酵タンクで実験的に展開している
- ヘマヴァティ農園Hemavathi Estate
有機栽培条件下でヘマヴァティ種(新交配種)を手摘み収穫し、ウォッシュド精製で仕上げる実証農園。カルナータカ州における新品種の栽培実証拠点としても知られる
精製方法
精製方法
ウォッシュド
Washed / Wet Process
豆本来の味が際立つクリーンカップ。明るい酸味とクリアな風味が特徴
ウォッシュドが伝統的主流。 収穫したチェリーをパルパーで果肉除去後、発酵タンクでムシラージ(粘液質)を分解し、水洗いしてからパティオやレイズドベッドで天日乾燥する。輸出等級「プランテーションA」はこのウォッシュド豆を指し、チクマガルル産アラビカの旗艦グレードとして扱われる。近年はラトナギリ農園のようにナチュラル・ハニー・嫌気性発酵など多様な精製に挑む生産者も増えており、単一農園でも複数プロセスを並行するケースが広がっている。
フレーバーチャート
おすすめの焙煎度
おすすめの焙煎度
ハイ ロースト
ポジショニングマップ
ポジショニングマップ
淹れ方のポイント
- お湯の温度:90〜94℃
- 挽き目:中挽き
- 抽出方法:ペーパードリップ・フレンチプレス
- 豆の量:13g / 200ml(チョコレートの甘みとボディを引き出すにはやや高温・長め抽出が向く)
酸味が穏やかでボディがしっかりしているため、低酸味を好む人やミルクを合わせるカフェラテ用途にも扱いやすい。フレンチプレスで淹れるとキャラメルのような甘みとコクがより前面に出る。
訂正(2026-09-27): チクマガルル県を「インド最大の単一県産地としての地位を保っています」と記載していましたが、インド・コーヒー委員会の2025/26年度最終推計ではクールグ(コダグ)県が約12万1,185トン、チクマガルル県が94,760トンで、記事内の別の段落(クールグが生産量で上回る)とも食い違っていたため改めました。バーバブーダンが種を持ち帰った年を「1670年」と特定して記載していましたが、インド・コーヒー委員会は伝承として1600年頃と紹介しているため、年を特定しない書き方にし、両説を併記しました。副題の「密輸した7粒から始まった」も伝承であることがわかる表現に改めました。
訂正(2026-09-30): 品種S.795を「バレホンヌルのコーヒー研究所(CCRI)でR.L.ナラシンハスワミ氏が育成」「1940年代にマイソール州で育成」「主要品種の多くがここ(中央コーヒー研究所)で育成」と記載していましたが、一次資料で確認できたのは「1940年代にインドで公開された」ことまでだったため、その範囲に改めました(World Coffee Research の品種カタログによる)。
訂正(2026-10-04): バーバブーダンの伝承を「メッカ巡礼(ハッジ)からの帰路でイエメンのモカ港に立ち寄った際」「生豆を7粒、自らのひげに隠して持ち出した」「イスラム教で聖数とされる『7』にちなんだ数」「チャンドラドローナ丘陵(現在のバーバブーダンギリ)に植え、これがイエメンによるコーヒー貿易独占を崩し」と記載していましたが、インド・コーヒー委員会・カルナータカ州観光局・チクマガルル県の公式資料で確認できたのは、メッカからの帰路にイエメンから7粒を持ち帰った(州観光局は、持ち出しが禁じられていたため密かに持ち込んだという伝承として紹介)こと、コーヒー委員会がチャンドラギリ丘陵に植えたと紹介していること、県がバーバブーダンギリ山地の古名をチャンドラ・ドローナ・パルヴァタとしていることまででした。ハッジ(巡礼)・モカ港・ひげに隠したこと・聖数の由来・貿易独占を崩したことは一次資料で確認できなかったため削除し、植えた場所はコーヒー委員会の紹介に改めて、山地の古名と同じ場所かは確認できていないことを明記しました。見出しの「密輸した」も「持ち帰った」に改めました。
訂正(2026-10-14): 品種S.795を「インド国内アラビカ栽培面積の過半を占めるとされる主力品種」「南インド全域で最も広く栽培されている」と記載し、「チョコレートやスパイスを思わせる複雑な風味」「モンスーン気候下でも安定した収量」を品種の特徴としていましたが、栽培比率・風味・収量はいずれも一次資料で確認できなかったため削除し、未確認と明記しました。バレホンヌルの中央コーヒー研究所(CCRI)を「品種改良・土壌化学・病害虫対策・収穫後処理技術の研究を一手に担う機関」と記載していましたが、インド・コーヒー委員会の資料で確認できたのは、1925年に設けられた試験場を前身とし1946年に同委員会が引き継いだこと、これらを研究分野としていることまでで、「一手に担う」は確認できなかったため、その範囲に改めました。あわせて、品種欄でカウベリーを「1985年にポルトガルCIFCからインドへ導入」「多収性と葉さび病耐性を兼ね備える」「標高の高いエリアではブルボン系に近いクリーンな風味が出やすい」、セレクション9を「葉さび病耐性を持つ」「コーヒー研究所が1940年代後半から選抜を進めた葉さび病耐性品種」「カルナータカ・ケーララ両州で普及が進んでおり、病害リスクの高い多雨地帯での安定生産に寄与」と記載していましたが、導入の年と機関、選抜の経緯、耐病性・収量の程度、普及の状況と風味は一次資料で確認できなかったため削除しました。インド・コーヒー委員会の公式ページで確認できる、カウベリーがカトゥーラとハイブリッド・ティモールの交配に由来するカティモール系であること、セレクション9がタファリケラとハイブリッド・ティモールの交配に由来し2002年にFine Cup Awardを受けたことに限りました(品種ページ「カウベリー」「セレクション9」の訂正〈2026-10-14〉に合わせました)。あわせて、説明文の「S.795主体のウォッシュド精製で、チョコレートとキャラメルの甘み・穏やかな酸・スムーズなボディが特徴」と品種欄の「主力とされる」も、品種の比率と風味を一次資料で確認できないため改めました。
参考文献・情報ソース
- Coffee Board of India — Coffee Regions: India(カルナータカ州の生産統計・地域概況、カウベリー・セレクション9の系統)
- Coffee Board of India — Coffee Statistics(生産量統計)
- World Coffee Research — S795(品種カタログ)
- Wikipedia — Coffee production in India(品種構成・州別生産データ)
- Insights IAS — GI Certification for Five Varieties of Indian Coffee(2019年GI登録の解説記事)
- Wikipedia — Baba Budan(バーバブーダンの伝承・史実背景)
- CEIC Data — Agricultural Production: Coffee: Karnataka: Chikmagalur(県別生産統計)
- Indian Coffee Beans — Understanding Indian Coffee Estates(バールバラ農園・ラトナギリ農園の詳細)
- xliii coffee — Hemavathi Coffee Variety emerges as solution for high yield(ヘマヴァティ農園・新品種情報)
- Coffee Board of India — Coffee Statistics(2025/26年度最終推計)
- Coffee Board of India — About Us(バーバブーダンの伝承、1600 AD)
- Karnataka Tourism — Coffee Trails in Karnataka(p.5:メッカからの帰路、持ち出しが禁じられていた7粒を密かに持ち込んだという伝承)
- Chikkamagaluru District Administration — Tourism(Baba Budan Giri Range の古名 Chandra Drona Parvatha)
- Coffee Board of India — Research(中央コーヒー研究所の沿革:1925年のマイソール・コーヒー試験場、1946年に同委員会が引き継ぎ)
- インドGI登録簿 — Chikmagalur Arabica Coffee(2019年3月1日登録)
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