
タイ ドイトゥン
アヘン畑を森に変えた王室財団のアラビカ
タイ北部チェンライ県、故シーナカリン王太后が1988年に始めたドイトゥン開発プロジェクトがアヘン畑と荒廃林をアラビカの森へ変えた産地。標高800〜1,200mでカティモール系などを育ててウォッシュド精製、柑橘とナッツ、ミルクチョコレートの穏やかなカップでEU・日本のGIにも登録
産地情報
| 産地 | タイ北部チェンライ県 メーファールアン郡・メースワイ郡 ドイトゥン開発プロジェクト地域(ナーンノーン山地) |
|---|---|
| 品種 | カティモール系など(カトゥーラ種・カトゥアイ種を混植、少量のティピカ種・ゲイシャ種・ブルボン種) |
| 標高 | 800〜1,200m(ティピカ種・ゲイシャ種の微量ロットは1,100〜1,400m) |
| 味わい | 柑橘・ナッツ・ミルクチョコレート・カラメル・鋭さのない穏やかな酸当サイトの味わいの目安です。公開ロット情報と地域の一般的傾向に基づき、特定ロットの評価や試飲記録ではありません(編集方針)。 |
品種情報
品種:カティモール系など(カトゥーラ種・カトゥアイ種を混植、少量のティピカ種・ゲイシャ種・ブルボン種)
ドイトゥンのコーヒーは1980年代後半、アヘン代替作物として導入されたアラビカ種を起源とする。日本の地理的表示(GI)保護制度は2023年、「ドイトゥンコーヒー」を第138号に登録した。EUの仕様書と日本の登録情報ではカティモール系の栽培が確認できるが、品種ごとの構成比は確認できていない。カティモール種はカトゥーラ種とハイブリッド・ティモールの交配に由来する耐病性品種で、雨の多いタイ北部高地の栽培条件に合う。これにカトゥーラ種・カトゥアイ種が混植され、収量と品質を両立させる。近年はメーファールアン財団のスペシャルティ部門が、ティピカ種のドライ/ナチュラル精製ロットやゲイシャ種のウォッシュドロット、ブルボン種の少量生産にも取り組んでいる
- アヘン代替作物として1980年代後半にアラビカ種を導入
- EU・日本のGI資料でカティモール系の栽培を確認(日本GIは2023年・登録番号138)
- カトゥーラ種・カトゥアイ種を混植し標高800〜1,200mで栽培
- 財団のスペシャルティ部門がティピカ種ナチュラル・ゲイシャ種ウォッシュドの微量ロットを生産
タイ ドイトゥンとは
ドイトゥン(ดอยตุง)はタイ最北端チェンライ県、ミャンマーと国境を接するメーファールアン郡の山塊で、山頂の標高は1,389m。コーヒーはこの一帯、ミャンマー国境沿いに連なるナーンノーン山地の斜面、標高800〜1,200mで育ちます。
この地がコーヒー産地になった背景には王室主導の開発事業があります。1987年1月、故シーナカリン王太后(プミポン国王の母、敬称「メーファールアン=天空の母」)がこの地を訪れ、翌1988年にメーファールアン財団のもとで「ドイトゥン開発プロジェクト」が発足しました。93,515ライ(約149.62km²)に及ぶ荒廃した森と、アヘン栽培に依存していたアカ族・ラフ族・タイ・ルー族など6民族・約11,000人の暮らしを立て直す事業で、「森とともに生きる人、人とともにある森(คนอยู่กับป่า ป่าอยู่กับคน)」を理念に掲げます。森林再生とともに導入された最初の生業が、アラビカ種コーヒーとマカダミアの栽培でした。
現在、メーファールアン財団の作物ページには、1,402区画・9,350ライ(約15km²)の栽培地と、300万本を超えるコーヒーの木が記載されています。財団の担当者はタイ国際航空の機内誌で、約22村・850〜1,000世帯・約3,000ヘクタールからチェリーを買い取っていると説明しています。財団の2024年次報告では、コーヒー事業が1,000を超える世帯に収入をもたらしているとされます。1988年から2016年にかけて、この地域の一人当たり所得は約6倍に伸びました。生産規模は東南アジアの他産地に比べれば小さく、査読論文(International Journal of the Commons, 2020)によれば、GI表示のドイトゥンコーヒーの年間販売量は財団直営11店舗で10〜12トン、パッケージ小売で30〜40トンほどにとどまります。
「王室財団型」というモデル
同じチェンライ県のスペシャルティでも、タイ ドイチャンがアカ族・リス族の農家協同組合を主体とする直接輸出モデルであるのに対し、ドイトゥンはメーファールアン財団という王室系の社会的企業が、栽培・精製・焙煎・カフェ運営までを一貫して担う垂直統合モデルです。財団の説明では、2000年に社会事業の収益で運営費と追加事業の費用を賄えるようになりました。DoiTungブランドは手工芸・加工食品・カフェ・農業・観光の5事業で運営されています。タイの豆というと象に食べさせて未消化の豆を取り出す希少なタイ ブラックアイボリーが知られますが、ドイトゥンはその対極にある「開発事業から生まれた正統派アラビカ」といえます。
品種と標高
ドイトゥンコーヒーは地理的表示(GI)の保護が三重にかかる珍しい産地です。タイ国内では2006年に登録され、2010年5月にEUへ申請、2015年7月に規則(EU)2015/1134でEUの保護地理的表示(PGI)「กาแฟดอยตุง(Kafae Doi Tung)」として登録されました(タイ産品としてはホームマリ米に次ぐ2件目、同じ日に隣接産地のドイチャンコーヒーも規則2015/1135で登録され、両者はしばしば混同されます)。さらに日本の地理的表示保護制度が2023年7月、「ドイトゥンコーヒー」を登録番号138として登録しました。EUの仕様書と日本の登録情報からはカティモール系の栽培が確認できますが、品種ごとの構成比は確認できていません。生産地域はメーファールアン郡・メースワイ郡のプロジェクト地域に限られ、精製・焙煎は財団指定の施設で行うことが規格に盛り込まれています。標高帯は800〜1,200mが中心で、近年は財団のスペシャルティ部門がティピカ種・ゲイシャ種の微量ロットを標高1,100〜1,400m帯で栽培しています。
隣国ではラオス ボラベン高原がフランス植民地期のティピカ・ブルボンを継ぐ産地として知られますが、ドイトゥンは耐病性のカティモール系も育て、アヘン代替という社会目的から出発した点で成り立ちが異なります。同じ黄金の三角地帯で、政府主導によりケシからコーヒーへの転換が進んだ産地としてはミャンマー シャン州ユワンガンも挙げられます。
代表的な生産組織・村
代表的な農園
- メーファールアン財団(ドイトゥン開発プロジェクト)Mae Fah Luang Foundation under Royal Patronage / Doi Tung Development Project🏆 タイGI(2006年)/EU PGI(2015年・規則(EU)2015/1134)/日本GI(2023年・登録番号138)
1988年発足。故シーナカリン王太后がアヘン栽培と森林荒廃からの立て直しを目的に始めた開発事業で、栽培から精製・焙煎・カフェ運営までを一貫して担う。日本GI「ドイトゥンコーヒー」(登録番号138)の登録申請者であり、精製・焙煎は財団指定施設で行う
- ドイトゥン(社会的企業・農業事業部門)DoiTung (Social Enterprise, Agriculture Business Unit)
DoiTungブランドの農業部門(財団の説明では、2000年に社会事業の収益で運営費と追加事業の費用を賄えるようになった)。手工芸・加工食品・カフェ・農業・観光の5事業のひとつで、住民からチェリーを買い取り産地内で精製・焙煎する。グリーンのまま外部に販売せず、世帯・販売日・品質を記録するトレーサビリティ管理のうえGrade A規格で供給する
- バーンパーヒー村(アカ族コミュニティ)Ban Pha Hi (Pha Hee) Akha Village
1988年にドイトゥン開発プロジェクトが入り、アカ族の住民がアヘンからアラビカ栽培へ転換した集落。「霧の海」を望む斜面でシェードツリーの下にコーヒーを育て、村内で焙煎・ドリップまで行う
精製方法
精製方法
ウォッシュド
Washed / Wet Process
豆本来の味が際立つクリーンカップ。明るい酸味とクリアな風味が特徴
日本GIの産品規格は、ドイトゥンコーヒーを「財団指定の施設でウォッシュド(水洗式)により精製する」と定めています。完熟したチェリーだけを11〜3月に手摘みし、目視で欠点豆を除いたのち果肉除去・発酵・水洗・天日乾燥までを産地内の共同施設で行い、焙煎まで現地で仕上げてから出荷します(グリーンのまま外部には売りません)。産地内で焙煎まで完結させることで、世帯単位のトレーサビリティと品質管理を保っています。
これと別に、財団のスペシャルティ部門はティピカ種のドライ/ナチュラル精製ロットを品評会向けに少量生産しています。フルーティな甘さを前に出した対照的なプロファイルで、ドイトゥンの主流であるウォッシュドの「鋭さのない酸とミルクチョコレートの甘さ」とは狙いが異なります。
フレーバーチャート
おすすめの焙煎度
おすすめの焙煎度
ミディアム ロースト
ポジショニングマップ
ポジショニングマップ
淹れ方のポイント
- お湯の温度:89〜93℃
- 挽き目:中挽き
- 抽出方法:ペーパードリップ推奨(ナッツとミルクチョコレートの甘さをまとめやすい)
- 豆の量:12〜14g / 200ml(12g → 柑橘の明るさが前に出る、14g → カラメルとチョコレートのコクが増す)
📏 基準のエビデンス
- 豆の量:SCA(スペシャルティコーヒー協会)家庭用ブリューワー規格(SCA Standard 310)の目安 55g/kg(約1:18、200mlで11g)/日本式 1:14〜1:16(200mlで12〜14g)。本ブログは焙煎度別に世界寄りの中間値を採用
- お湯の温度:SCA基準 90〜96℃(93℃±3)/日本式は焙煎度に応じて低めを好む(特に深煎り82〜85℃)。本ブログは焙煎度別に世界+日本式の折衷を採用
- 出典:SCA Coffee Standards / Specialty Coffee Association
目的別に次に読む
- タイのほかの産地と比べたい → タイ ドイチャン・タイ ブラックアイボリー
- 隣国の産地と比べたい → ミャンマー シャン州 ユワンガン・ラオス ボラベン高原のコーヒー
- カティモールなどの品種を知りたい → コーヒー豆の品種一覧
- ベトナム北西部の山地の産地と比べたい → ベトナム ソンラ
- アジア・オセアニアの産地を一覧で見たい → アジア・オセアニアの産地
訂正(2026-09-27): 1987年1月の王太后の訪問時の年齢を「87歳」と記載していましたが、公式の生年月日から計算すると訪問日は満86歳で、財団の説明の87歳とは数え方が異なります。年齢の記載を削除しました。また「ドイトゥンの人口の半分近くがコーヒー栽培に携わり、約350万本のコーヒーの木」と記載していましたが、メーファールアン財団の作物ページでは1,402区画・9,350ライの栽培地とコーヒーの木300万本超でした。一次資料で確認できない「人口の半分近く」を削除し、本数を財団の記載に改めました。「DoiTungブランドは2000年から補助金なしで自立」と記載していましたが、財団の説明(About)では2000年に社会事業の収益で運営費と追加事業の費用を賄えるようになったとあり、「補助金なし」とまでは確認できないため、財団の説明どおりに改めました。「カティモール種主体」「日本GIは主要品種をカティモール種と定義」と記載していましたが、EUの仕様書と日本のGI登録情報で確認できるのはカティモール系の栽培までで、品種の構成比は確認できませんでした。「主体」「主要品種」の記述を改めました。追加の照合で、「コーヒーはおよそ900世帯の安定収入源」「財団の公式情報でも約22村・850〜1,000世帯・約3,000ヘクタールから買い取る」と記載していましたが、22村・850〜1,000世帯・約3,000ヘクタールは財団担当者がタイ国際航空の機内誌で説明した数字でした。出典をそのとおりに改め、「安定収入源」という一般化は外し、財団の2024年次報告の「1,000を超える世帯に収入」を併記しました。
訂正(2026-09-30): 抽出の目安で「SCA(米スペシャルティコーヒー協会)Golden Cup基準」と記載していましたが、SCA(スペシャルティコーヒー協会)は米国のSCAAと欧州のSCAEが2017年に統合した団体で、「Golden Cup」は旧SCAAの名称のため、「SCA(スペシャルティコーヒー協会)家庭用ブリューワー認証の基準」に改めました。比率(55g/L、約1:18、200mlで11g)は変更していません。同日、この基準を示していた2017年の認証要件の文書がSCAのサイトで公開されなくなっていたため、現行の家庭用ブリューワー規格(SCA Standard 310-2021、水1kgに豆55g)の表記にそろえました。
訂正(2026-10-15): バーンパーヒー村を「タイ有数の高品質アラビカの産地として知られる」と記載していましたが、国内の産地の品質を比べた一次資料を確認できなかったため、この記述を削除しました。
参考文献・情報ソース
- Mae Fah Luang Foundation 公式 — Doi Tung Development Project
- Mae Fah Luang Foundation 公式 — The Coffee House by DoiTung
- DoiTung Corporate 公式 — Café DoiTung
- 日本 地理的表示(GI)産品情報発信サイト — ドイトゥンコーヒー(登録番号138)
- Wikipedia — Doi Tung coffee
- Wikipedia — Doi Tung
- Equator Initiative — The Doi Tung Development Project (DTDP)
- EUR-Lex — Commission Implementing Regulation (EU) 2015/1134(Kafae Doi Tung を PGI 登録)
- eAmbrosia(EU 地理的表示登録簿)— กาแฟดอยตุง / Kafae Doi Tung
- Quiñones-Ruiz et al. (2020) Collective Action Milieus and Governance Structures of PGI for Coffee in Colombia, Thailand and Indonesia, International Journal of the Commons 14(1): 329–343
- Mae Fah Luang Foundation 公式 — High Value Crops(コーヒー栽培地・本数)
- Mae Fah Luang Foundation 公式 — About
- EUR-Lex — Kafae Doi Tung(PGI)の産品仕様(2025年公示)
- 農林水産省 — 地理的表示 登録番号138 ドイトゥンコーヒー
- SCA Coffee Standards
- Sawasdee(タイ国際航空機内誌)— Doi Tung Coffee
- メーファールアン財団 — Annual Report 2024
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